2004/01月の業務連絡

へ~

「へ~」のトリビアとかいうのが流行っている(のかもうネタ切れ?)らしいが、あれって本当に「無駄知識」なんかな。どうも納得がいかんな。ま、だいたいゴールデンに来た頃には既にネタ切れだもんな、テレビって。

私にとって本当の無駄知識ってのは、例えば「貞永式目」だし、「武家諸法度」だ。未だに役に立った試しが無いが、これはトリビアか?

いや、これらはまだ良い。一応「知ってれば偉ぶれる」からな。

問題は「コルホーズ」と「ソフホーズ」だ。なんだこれ。ソ連が崩壊した今、一体何のために数少ない私の脳細胞を未だ無駄に占拠しているのか。

ドピーカン

寒波すごい。九州でも大雪だ。でも雪がしんしんと降ってる日に部屋に閉じこもるのは、平穏で至福の時でもあったように思う。私の今の住処の周りは今日も晴天。ドピーカンだ。こう太陽が燦燦と照りつけやがると「外行って稼いで来い」とケツ引っ叩かれるような気分になる。晴れてると勿体無い気がして落ち着かない。寿命が削り取られているような気がする。きっと私の先祖は冬眠する動物のはずだ。

単に貧乏性なのかもしれない。

徳川慶喜

今日はお子は産まれそうも無い。いつもと同じ日であった。

メシを食いながら、見るとも無しに「トリビアの泉」を見てしまった。この見るとも無いしに見てしまうのがテレビの真骨頂であり、それが故に、番組中延べ3分足らずの「CM」に数千万の金が飛び交うことになる。でも私はCMは見てないけどね。テレビってみんな有料にしちゃえばいいのに。そうすればもうちょいとマシになると思う。

この「トリビア」で「徳川慶喜」がカメラマンだか写真家だかを目指していた、などというネタが「へーーー」連発でおおおお驚いた。これのどこが無駄知識か?私にとってはこれは大学の大事な単位獲得の為のレポートのネタであり、わざわざ「幕末写真展」等というものにも「自腹」で見に行かされたのだ。悪いが、慶喜公はけして「カメラマン」になろうなんて思ってはいない。っていうか・・・・・・

「カメラマン」てのは写真を生業にする人の中で一番下の人を言う。業界では。実はその下に「シャッターマン」と呼ばれるのもいるんだけど最近境界があいまいなんで死語だ。つまるところ、シャッターを押してお金を貰うのがカメラマンだ。その上を「フォトグラファー」という。一応作品撮っているけど仕事(食い扶持)はカメラマンと同じ人を言う。そしてその上は「写真家」と呼ばれるのです。でも所詮「写真で食う人」なのだ。(あと他にタレント写真家というのがいる。写真は見たこと無いけど顔はテレビで見る人。この人たちは写真で食っているのではなくて、ケインコスギが名刺に「スポーツマン」と刷っている感覚で「写真家」なのでわないかと)

口は悪いが、落ちぶれたとしても慶喜公が写真で食う必要は無い。馬鹿か?この番組は。当時写真を撮れるなんてのは何もそれを商売にするまでも無く、"金が有り余っている人"の道楽です。

今でこそだれでも写真どころかビデオも撮れるけど、40年くらい前までは写真なんてホント道楽ですよ。フィルムは今と値段変わらないか、むしろ今の方が安い。当時の月給は4万円くらいだよ。カメラはニコンの「F」というのが最高級だったのだけど、それが10万円くらいだよ(レンズ無しだよ。標準レンズ4万弱。月給分だ)。それより前のそうだな、60年くらい前か?ライカってのがあって(今もあるけどな)、一台で家が買えたんだから。でもこれは昭和も「戦後」の話であってさ、慶喜っていったら幕末から明治だ。明治初期に写真術やるってのがどんだけ道楽な行為か・・・

満月

ようやく子供が産まれそうだ。勿論私が産むのではないが助産婦さんに来てもらったが、まだだそうだ(笑)擬似陣痛とか言ってたっけか・・。動いていると陣痛らしきものが等間隔であるのだけど、横になると収まってしまう。3度目とはいえね、こっちはなんか落ち着かないね。

「おしるし」だのなんだのって『業界用語』が飛び交う中、子供らとぼーーーーっとしているしかない。こういうのを「烏合の衆」と言うのだな。

満月には出生率が上がると言うが、もうスグ「新月」だ。何故か新月には出生率が下がるのだそうだ。で、ここで自分が産まれた日の月齢をチェック。
なんと上の子も下の子も新月間際に産まれていたことが解った。下の子なんてまさに新月どんぴしゃである。ちなみに私も三日月だった。

うちは出生率の低い日に産まれる家系(んなもんがあるのか?)だったことが判明。Myトリビアでへ~

エースを狙え/実写

実写版ばやりである。「エースを狙え」はいまひとつ「くどさ」に欠けるもんがあった?オープニングはいっそのこと「遅刻しそうでパンをくわえながら走って登校」して欲しかった。