年賀状の季節が終わった。

2007年01月07日

毎年いろいろ図柄には凝る方ではあるが、書いてていつも悩ましいのは『一行挨拶』だ。

「何か手書きで書いてあるのと無いのでは全く印象が違う」とよく言われる所ではある。

しかるに、かならずどこかしらに少しだけ文章が書けるようなスペースを作るよう印刷しておくものだ。

で、刷り終わった年賀状を前にして、あて先別に「一行挨拶」を書くわけだけれど、これが非常に難しい。そう思っているのは私だけではあるまい。かといって、何も書かずに出すのもなんだか年賀状を書いた気分にならないものだ。

あけましておめでとう!!お元気ですか?。

「実は元気じゃねーんだよ」と言われたら怖いんだが、今年もこれが一番多かった。だいたい「あけましておめでとう」なんてものは『印刷している』じゃねーか。にもかかわらずつい書いてしまう俺って何。

次いで

また飲みにいきましょう とか 今年こそはマージャンやりましょう あたりが定番となっている。毎年こんなだ。だったらいっそこの文章も印刷しちまえよ、と思うが、ここで「冷静に」考えてみると非常に情けない年の初めの挨拶だ。俺って人間は 40うん年何やってきのかと。日ごろくだらないことはここに書いているくせに、年賀状ごときでボキャブラリーの無さを痛感させられ、反省至極である。だったら書かなきゃ良いのに

で、頂いた年賀状を眺めてみる。・・・まぁだいたいがラベルが一緒であり安心した。そりゃそうだ。私のような人間の友人であるわけだから、(以下自粛。失礼いたしました。。。年賀状ありがとうございますありがとうございます)

閑話休題、今年の一言挨拶で一際輝いていた文章を選んでみた。年賀状一言挨拶大賞。学生時代の友人からの一通にしたためられていたお言葉。

老眼鏡を買いました。

・・・いかん、涙が出てきた。

図柄がきれいな印刷を犠牲にしてまで殴り書きされたこの至宝の言の葉。

近況報告にのみとどまらない、私も同世代であるが故に感じ取ることの出来る哀愁。

そして読んだ刹那思い浮かぶ老眼鏡をかけた彼の姿。

七五の短い調べにこれほどの深みさらっと書き流す感性・・・・・。

学生の頃から一味違う男であったが、やはり彼は数ランク私より上だ。来年も楽しみにしています。