ビバ!カーボンオフセット

2007年10月16日

カーボンオフセットなる言葉がはやっているようだ。

自ら旅行に行くとして、そこで排出する二酸化炭素、それを補う分を旅行する人が補助金として上乗せすることによって、環境にに「おかえし」をする。そんな感じの旅行ツアーとかがはやっているらしいし。

ツアーのアジェンダに植樹。
参加者はこれで少しは環境に役立ったと思う。参加者は悪くは無い。むしろかわいそうだ。
旅行業者は本当に旅行代金に上乗せしたカーボンオフセット料金とやら、役立てているのか?
いや、多くの業者はきちんとしているはずだと思う。でもな。

おめでたい。おめでたすぎる。

木というのは、植えれば育つとお思いか?

私は昔カメラマンというしょーもない職業をやっていたので、もうしわけないが現実をみちゃっている。

よくね、

「数年前に●○知事 だの●▼社長だの・・が植えた植樹ののちほど・・・を取材」みたいな企画モノで借り出されたものです。

しょぼい人工的な公園があるのだよ。別に公園なんていらないだろう?ってくらいほっときゃ「森」みたいなところに妙に広い公園があるところに連れて行かれるのさ。その公園の先には昔からの森もちゃんとあるのだ。でもなんか人工的な空間ができている、そういう場所ってあるでしょ?

そこでディレクターが探しまくる。何を探しているかって?そりゃ植樹した「木」だよ。

無いんだ。

たいてい無いね。だってあったらみんな大喜びだもの。で・・・喜んだ記憶無いもの。

枯れているのさ。見事に枯れている。

で、「絵になりませんでしたね」ってことで第2案の企画に進むの。嘘だと思うなら、これまで「植樹式」とかやったニュースの事後取材全部やってみればよい。笑うぞ、マジで。

なんで枯れてるのさ?

ってな、ってりめーだよ。自然の森で自然淘汰に任せたなら、その森で一番強い樹木を植えれば、まず問題ないとは思う。

でもね、人工的に作った公園もどきに、好き好きに植えた樹木が『そう簡単に根付く』わけねーだろう。

ろくに管理さえしてない場合が「ほとんどだ!」と言い切る根拠は無い。

でも植樹する「木」、植樹すべき「木」をまじめに選定したうえで、育てる努力をしているのか?と問いたい。そのへんどうなのか。

植樹式をやっただけ。それっきり。っての、結構多いのではないか。一度きちんと調べたほうがいい。

それなりの、地位にある企業のトップや地方自治のトップがやっていながら、数年絶つとこれなんだ。一般人が、旅行ツアーで植えた木々がどうなっているのか?もちろん善良な業者がほとんどだと思うし、そうあるべきだと思う。が、その上で参加者はのちのちまでしっかり見届け、それが「まがいもの」であったなら、訴えるべきだ。答えは数年後に目に見えて分かるはずだ。

木ちうものは、植えればそれで「終わり」では無いのです。そんげ簡単なもんなら林業や庭師は苦労しません。植えた木が育つフォローまで一旅行業者が本当にしているのだろうか?非常に素直に考えて、疑問を禁じえないのが普通の感覚ではないのか。こういうのは本来「確固たる実績」があってしかるべきイベントではないのか?

なんで旅行している「客」が二酸化炭素の処理を請け負う必要があるのかな?客の金で儲けている業者が払うべきものだろう?
これは おかしいと 思って欲しい。

そんなものに金払って、うさんくさい植樹してさわやかな顔をするんなら、お遍路でもしたほうが良い。
歩けばよいだろう。歩けないならしかたないのだけれど、歩ける者は歩くべきだ。歩くだけなら、自ら吐き出す二酸化炭素のみであり、化石燃料によるものではないので温暖化の原因とされているものではない。自信をもって吐き出すが良い。

無理して資本に踊らされて旅行なぞする必要はないのではないか?。なんかおかしくないか?
日本人は「本質」を見抜けない、愚か者になってはいないか?
それでも、何かやらないよりはマシだといえるのだろうか。

いいですか?今、日本の企業は「いかに『環境』で儲けるか?」を考えているのです。

いかに環境を良くするか?ではありません。

いかに儲けるか?です。

資本主義というのはそういう業です。でもそれは悪いことでは無いんです。

賢い消費者がいないと資本主義が堕落するんです。消費者が賢く知的でありさえすれば、絶対正しい向きに変えることができるんです。資本主義というのは構造的に国民が馬鹿ばかりだと堕落するんです。(逆に庶民が馬鹿ばかりだと支配者が非常に楽な政治思想もあるでしょう。そっちがよいとは思えないけど。)

こういうくだらない小技で環境で儲けようとする資本家が提供する消費に参加してはいけないんです。馬鹿な出来レースの選挙に参加するより、こういうことのほうがよほど大事だったりするんです。