2008/03月の業務連絡

「蛸」 のなぞ

国際動物愛護団体「動物の倫理的扱いを求める人々の会(People for the Ethical Treatment of Animals、PETA)」は25日、日本のプロ野球のコミッショナーに対し、地球温暖化対策としてホットドッグやタコ焼きの販売をやめてベジタリアンフードの売店を出すよう求める書簡を送った。ってさ。

あのなー・・・
まぁいいや。しかしなんでたこ焼きが槍玉に上がっているのかが個人的に非常に気になるのだ。

日本人は昔から蛸を食すのだが、世界的に見て「昔から蛸を食っていた民族」は案外少ないらしい。(今はそうでもない)。
イスラム教徒が豚を食べない事は有名だが、実は蛸も禁じている。
まぁ見た目不気味だしな。なまこやホヤを食える日本人には気にならないのだろうけども。

知り合いに「蛸」を食べてはいけない慣わしの家に生まれた、という年上の女性がいた。実家のご神体が蛸なのだそうだ。その人は私が差し入れた「たこ焼き」を絶対口にしてくれなかった。

日本全国蛸をご神体とする神社は散在する。九頭竜神社も蛸がご神体だ。頭と八つの足とで9。9つの頭を持つ竜に見えなくも無い。

地方によっては、猟師が蛸を絶対口にしないところがあるそうだ。
蛸は飢えると自らの足を食らう。これが「いつか身を滅ぼす」ことに繋がるからだという。

ちなみに先の「蛸を食べない慣わしの家に生まれた女性」は新潟は上越の人である。同郷ということで話が盛り上がるかと思えば、イタリアンとポッポ焼きが全く通じず(w)、お互いに「あんたは本当に新潟県人か!?」と噛み合わないったら無く、残念だった。新潟国は国民が思っているよりもっともっと広いんだ、と感じたものだ。

新潟弁の一つに、凧揚げを「イカ上げ」という地方があると聞いた事がある。これは新潟語講座にも書いた。このコメントに「宗教が関わっているかも」と書いたのは「この『蛸をご神体』とする」人がいたからだ。曲がりなりにもご神体を凧揚げとはいいにくいのか? と思ったからだが、もしかしたらこの人は「単に蛸が嫌い」で、私は騙されただけかもしれないと、今では少し思ってる。




案外冷凍たこ焼きも美味いんだよ。

引導

色々物を整理している。
もう、いい加減使わないだろうというもの。
現像タンクとか、現像バットやら現像液を貯蔵するタンク。
これは去年の大掃除でやっと処分した。

今日は長年ため込んできたハードディスク6つとぺンティアム200くらいのノートパソコンを処分した。

処分するまでが大変だった。ハードディスクは「もしかしたら昔なくしていたものが出てくるのではないか?」といった淡い期待があり、ここ数日何度となくいろいろなデータ復活ソフトを使ってレスキューを試みた。

そもそもなんども同じことをやってきているうえでジャンクになっているわけであり、何も出てくるわけがない。でも実際に「捨てる」となるとどうも気になっていろいろやってしまう。

結果として、しっかりファイルとして取り出せたのは数年前の仕事関連のどっしょもないボツ企画書だの、プレゼンに落ちたページデザインのデータだの、それはもう「消すまでもないからそのまんま」のようなものばかり。

一応捨てるにあたって、イレーサーをかけた上でもう一度復旧ソフトでチェック、市販復旧ソフトレベルでは復元できないことを確かめた上でHDを分解、ディスクに物理破壊を加える(ディスク面に傷をつけて、ペンチでぐにゃぐにゃにした上、金槌で叩きまくる)。やっぱ万が一でも何かしらの個人情報(というかエロ画像)が出てきては、困る(というか恥ずかしい)。このへん燃やせば済む紙とは違って面倒くさい。(一昔前のHDはディスクがガラスでできていたので、金槌でたたけば粉々になってくれて楽だったんですが)

次に古いノート。

これがなかなか捨てられなかった。ビブロNC13DメビウスMN-7650。特にメビウスは発売当時50数万円した代物だ(いや、中古で1万5千円で買ったのだけれども)。ずっと押し入れで眠っていた。

捨てる前になんとか利用法をと考え、起動してみたらいきなりFreeBSDが起動したのでびっくりした。(と思ったら途中でエラーで止まったんだが)
何時こんなの入れたんだろう??

とりあえず、ウィンドウズ95でも入れば、PC版シレンのCD(XPでは使えない)があるんで専用に使うかな?と思って朝からインストールを試みたのだけれど、HDのフォーマットが途中でエラー。

しかたないので、ビブロのHDをいただくことにした。このビブロ、バッテリーが壊れて、ACつないでもすぐキレる(落ちるんですな・電源の接触が悪いらしく時々ビビってなる(すでに危ないよ))
すまん。15万で勝ったのだが、死んでいただきHDをメビウスに換装しFDISKからやり直す。

やっぱだめ。(ってかFDISKって何年ぶりだろうか)うんともすんとも。(使わなかった期間が長すぎたか)

何度やっても途中でエラーが出る。夕飯前にやっと終わったとおもったら、起動しない。どうもBIOSレベルからいかんらしい。(今思えば単にマザーの電池切れだったかもしれないし、そうでないかもしれん)

間違いなく「時間の無駄製造機」である。引導を渡すべく液晶に正拳突き。ディスプレーが吹っ飛んで逝った。どうもこういう機械は「物理破壊」しないと捨てる気にならない。悲しい貧乏性。(故に何台もサーバにしようとぼろいPCがLINUXをいれられたまま眠っていて、そしてやはり捨てられたんだ。そう、わかるね?サーバはそんな何台もいらない)

コンピュータが逝く時というのは、あっけない。たいていうんともすんとも言わない。せいぜい「ピー」とか「ガリガリ・カッコンカッコン」と言う程度。それきり起動の途中で止まる。結果物理破壊に至るケースがほとんどだ(うちの場合)

ハル(2001年宇宙の旅)のように、まず物理破壊を加えていくにつれ、支離滅裂になり、ある一定の限度を超えるといきなり「歌を歌いだす」といったかわいらしさを身に着けるには、あと何年かかるのだろうか。
そんな「かわいらしい固まり方」といった機能はいらないか。余計にムカつくし。MACあたりやりそうで嫌なんだが。


「あの無愛想なブルースクリーンとはもうお別れ。MACなら、落ちる時は『もう辛抱たまりません、勘忍してください』と可愛らしくアピールし、限度を超えると稚拙な自己紹介の後『林檎殺人事件』をフルコーラス歌います」


・・・悪くないな。ジョブスならやってくれそうだ。

PS HDを破壊したあと手元に残る、あの強力な磁石の使い道、何かいいアイデアないものだろか。捨てるのがもったいなくてつい取っておいてしまうのだが・・・・

世の中信用ならない事ばかりだという調査結果。

まぁ読んでくれ。

最後の「新聞91%」(信用できる)という部分な。どこの新聞が?だ。
中国の新聞は日付だけは信用できるそうだが、ここの新聞もテレビ欄だけは信用が高いようだ。ああくだらない自画自賛。どうみてもとってつけたような文章。
メディアを持てる者はこういうことができるのだ。
きっとテレビが同じアンケートやったら「テレビ85%」とか言いそうだ。

しかしこのアンケート、矛盾している。
企業は信用できないとしている人が60%もいるにもかかわらず、一企業が出している新聞は91%もの人が信用していると。ん?庶民が信用しているのは学級新聞の類のことか?

よしんば本当にこういう結果だったとしても、その場合はちょっとはこの結果の信憑性を自らに問うべきだろう?。一応マスコミなんだし。

ここの新聞しか読まないような人間はこの記事を目の当たりにしたとき、どう思うのだろうか。相変わらず恐ろしい。恥ずかしい。

この記事のグラフを見てほしい。
「一度信用を失った会社の製品を買いたくない」70代の方ですが、
71%もおりますな。
サンゴをあーだこーだしてどーのこーのした、どこぞの新聞を、
まさか読んではいるまいな?


ってかよ、
この調査結果自体さ、信用して良いのか悪いのかが 知りたいんですけど。

メニューが一つ増えました。昔の記事やらをアーカイブしています。
※コシヒカラーのコンテンツの38%(当社比)くらいは信用に値すると思われます。これは大手新聞社の発する情報と比して大きな差は無い(当社比)と確信しています。

デザインをブログ以前のものに戻しました。

本当はブログを導入した際、この元のデザインでブログを構築したかったのだけれど、当時はブログデザインのスキルが足らなくて、MTの出来合いのをなんとかいじくってあーなったに過ぎず、実はあんまし気に入ってませんでした。実を云うと「まんなか」のデザインって嫌いなんですわ。仕事でさんざん作っているので。

リキッドレイアウト(ブラウザの幅によって広がるやつ)も嫌い。これも昔仕事で「要望があって」苦労して作ったのに、後で「改行位置が違う」だの(ったりめーじゃねーかボケ)横幅が広すぎるだの(最近のノートは横広いからなぁ)言われ続けてその度説明に上がったりで、すっかり嫌になってしまったのだ。(っつかわからないくせに要望すな。)

左寄せで且つ横幅固定デザインのレイアウトというのは、実はあまり企業HPでは使われない。それまでその形であったのにリニューアルの際は「真中で」と言われる。なんでだろう。

真中で作ってると、いざ、(横幅より)もっと大きな「画像」を入れたいとか、列を増やしたい、というとき本当に困る。無理やり広げると他のページに移動したとき違和感がある。でもこういうのっていくら説明したってわかってもらえない。たまに解ってくれたか!と思うと、回避策としてはじめからやたら広い枠で始めるとかそういう方向にどうしてもなる。結果非常に間の抜けたデザインになる。だってTOPはいいけど他のページそんなコンテンツ無いんだもん、ってパターン。いくつかのページをまとめればいいんだろうけど、システムが絡んでいるとそれはそれで大作業になる。

一番胃が痛くなるのが途中で横幅のピクセル数を変えてほしいという要望だ。もうこれって根本から終わりね。そういう要望出すクライアントの仕事で巧くいった試しがない。すべてのスケが延びる事必須な上に、こういうのに限ってケツ(締切)は変わらないし。

クライアントの気持は痛いほど分かるからなんとか受け入れようとするんだけど結果として、残念だがまともなもんにならん。いつも「受けなければ良かった」と思うのだけれど、デザインをやている時というのはケツまで案外余裕があるように見えちゃうもんだからつい「大丈夫ですよ」とか言ってしまう。でシステムにしわ寄せが行って例の如くの結果となる。システムからは怒られ、そしてやっぱしクライアントからも怒られる。

逆に「絶対だめです、もう横幅は決まってます」とか言うとやっぱし怒られるので、同じことなんだけれども。

というわけで、横幅がいくら変ったって、追加増加は右側にだらだら延びていくだけっていうこういうレイアウトがぜひとも標準になってほしいと、・・・やっぱこれはこれでいろいろ問題あるのでどうでもいいや。

「朝日のあたる家」

子供のころ、ヤマハのエレクトーン教室というのに通っていた。

発表会がある、というので、演奏曲を決める時、練習曲の中で一番気に入っている曲は何か?と問われて、「朝日のあたる家」というのが好きだったのでそれにした。たしか小学校二年か三年の時だったと思う。

練習用にアレンジされたそれは、本来の三連譜調(ちゅうか三拍子?6/4? 6/8?)のものではなくて四拍子のわかりやすいロック調であり、もともとオルガンに合う曲だし、非常にかっこよかったのだ。

先生もどうやらこの曲には思い入れが強かったらしく、この曲を選んだ私を嬉しく思ってくれていたようだった。

で、その後この曲の歌詞を見た時(といっても歌詞が分かるようになったのは大學以降だが)の衝撃というか、なんというか、わかりますか?ライジングサンとかなんかカッコ良いとか思っていたら、えええ!!??って感じ。
先生さー、これ、子供に弾かせる曲じゃないでしょ!と思ったわけで。

私が弾いた元の曲はもちろんアニマルズのものであり、ビートルズばりの可愛らしい英国青年が曲が終わった後おじぎをするといった、絵にかいたようなグループサウンズなんだが、大元の曲はアメリカンソウルミュージックだ。演歌だ。

歌詞を私なりの解釈で訳してみよう。

---
There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many young poor boys
And God I know I'm one

ニューオーリンズに
朝日のあたる家と呼ばれる
どうしようもない奴らが屯す腐った場所がある
・・俺もそこの一員なんだけどな

My mother was a tailor
She sewed my new bluejeans
My father was a gamblin man
Down in New Orleans

母さんは縫物が得意で
新しいジーンズを縫ってくれた
親父はニューオーリンズの
救いようのない八九三者

Now the only thing a gambler needs
Is a suitcase and a trunk
And the only time that he's satisfied
Is when he's all drunk

八九三者に必要なものは
スーツとトランク
唯一満たされるのは
呑んでるときだけ

Oh mother tell your children
Not to do what I have done
To spend ther life in sin and misery
In the house of the Rising Sun

おっかさん、子供らに言っといてくれ
俺のような人間にだけはなるなと
朝日のあたる家で
ただ日々を惨めに浪費するだけ

With one foot on the platform
And the other foot on the train
I'm going back to New Orleans
To wear that ball and chain

片足は駅のホーム
片足は列車に乗せる
俺はニューオーリンズに帰る
堕落と快楽に溺れるだけの日々 ただそのために

There is a house in New Orleans
They call the Rising Sun
And it's been the ruin of many young poor boys
And God I know I'm one

ニューオーリンズに
朝日のあたる家と呼ばれる
どうしようもない奴らが屯す腐った場所がある
・・・俺もそこの一員なんだけどよ

----

・・・ずずずずーんと重いし。暗いし。

house of the Rising Sun には婦館という意味があるらしい。

To wear that ball and chain ここを「刑務所に入る」の意味に捉えるか、快楽とデカダンスに溺れることも良しとする堕落した精神ととるかで微妙に意味が違ってくるんだが・・(私は後者だと思うよ。刑務所じゃなんだか奇麗にまとまりすぎる)。

そして、And God I know I'm one を、
「そして、神様、私には分かっていますとも。私も迷える子羊の一人です」
とでも訳すと奇麗なんだろうけど、嫌だね。曲中のボーカルのトーンも落ちてるし、これは「自嘲」の表現だと解釈したいね、40過ぎの親父としては。
「腐った場所ってわかってっけどさ。どういうわけか俺もそこの住民だしね」みたいな微妙な気分?でわないかと。
でもこれ、いろいろな世代が訳したらそれぞれ違ってきそうで面白いと思う。(ちなみに原曲事体に歌詞がいくつかバリエーションがあるそうだ)

子供用の童話仕立てだとこんな感じか?
---
ニューオーリンズに、朝日のあたる家と呼ばれる奇麗なおねぇさんや危ないお兄さんが屯す処があって、僕はそこらで育ったんだ。
母さんはよなべして、ジーパンを編んでくれた。
父さんはいつもぶらぶらしてて、男はスーツとカバンさえあれば良いんだ。とくだまいていた博打打ちの最低野郎です。でも、お酒を飲んでいる時だけは幸せそうだった。
父さんはよく母さんよくに言っていた。
「子供には俺みたいな大人にだけはなるなと言っておけ」って。
んでもってぇ。
これから列車に乗って、あの快楽と堕落の町、ニューオーリンズに帰ろうと思うんだ。だって僕の居場所はそこにしかないんだもん。まだ片足しか列車に乗っけてない優柔不断な僕だけど。
ああ、神様。僕は弱い人間です。

---うう・・・なんだか悲しくなってきたぞ。

んなこた置いといて・・・やぱし、小学生が発表会で演る曲では無いよな。


さて、その数年後私が発表会で演じた曲は「宇宙のファンタジー(byEWF)」でした。素直な心で爆笑だ。そこには何の哲学もポリシーも無い。単に先生の趣味に踊らされていただけかもしんない。